魚類学雑誌, 51(1): 72-74

西表島の陸水性魚類に迫る絶滅の危機

はじめに

 西表島は, 琉球列島の南西端(北緯約24度19分, 東経約123度49分)にある面積約300km2, 周囲約130kmのひし形をした島で, 沖縄県下では沖縄島に次ぐ大きな島である. 日本最後の秘境, 原始の島と称され, イリオモテヤマネコの生息で有名なこの西表島の自然環境が, 今, 人間活動の活発化によって空前の危機にさらされている. 魚類についても例外ではなく, 著者らは過去30年にわたってこの島に通い, 陸水域や浅海域の魚類調査を続ける中で, その深刻な影響が近年急加速していることを実感している. 本稿では, 特に顕著な影響を受けやすい陸水性魚類の窮状について訴えたい.

 

1. 大型リゾートホテルの開業

 2004年4月, 西表島の北部, トゥドゥマリ浜(通称月が浜)に, 島民(約2000名)の半数弱が1度に宿泊可能な大型リゾートホテルが開業した.

 トゥドゥマリ浜は, 島の中央から北西に流れる種子島以南では最長の河川である浦内川(全長39km, 主流長18.8km, 流域面積約60km2)の河口の一部である. 浦内川ではこれまでに約360種の陸水性魚類が確認されている(鈴木, 未発表). 最後の清流と言われる高知県四万十川でさえ仔稚魚もあわせて120種 (川那辺・水野編, 1989)であるから, 浦内川はおそらく日本一の種多様性を誇る河川である. 希少種や貴重種の多様性の高さも日本一で, 環境省によるレッドデータブック(環境省野生生物課編, 2003; 以下RDBとする)に掲載されている絶滅危惧種76種の内, 約20%に相当する15種(ウラウチフエダイ, コンジキハゼなど)を産するだけでなく, 将来RDBに掲載される可能性が高い種が17種(カワクモハゼ, ナミノコハゼなど), 日本では浦内川だけから記録がある種が13種(ナミダカワウツボ, ウラウチヘビギンポなど), 未記載種が10種(イソハゼ属の1種, ニラミハゼ属の1種など), 未報告の日本初記録種が13種(ボラ科の1種, ホタテツノハゼ属の1種など), 淡水性の大型遊泳魚が12種以上(ナガレフウライボラ, ニセシマイサキなど), 超大型魚類が4種以上(オオメジロザメ, アカメ属の1種など)生息する他, 水産上重要な種も19種(ギンガメアジ, ゴマフエダイなど)みられる.

 問題は, 浦内川に生息する魚類の内, キバラヨシノボリ1種を除くすべての魚類が通し回遊魚か周縁性淡水魚であり, これらの魚類にとって河口域は主たる住みかであり、河川と海を往復する際の通過地点であり、さらには稚魚期の生育場になっていることだ. ここに大型リゾートホテルが開業した. 日本魚類学会はかねてからその建設や開業に伴う魚類や生態系への悪影響を予想・危惧して, 適切な環境アセスメントの実施を要望してきた(日本魚類学会, 2003). しかし, 簡単な水質検査と不十分な生物調査が開発業者によって言い訳程度に実施されたのみで, 適切な環境アセスメントは実施されないまま工事は急進行した. そして, 取水の問題, 排水の問題, ゴミ処理の問題, 夜間の照明や騒音の問題, 除草剤の問題, 観光客数の急増による様々な問題などを残したまま開業に至っており, 今後も14ヘクタールにおよぶ開発が計画されている.

このリゾート問題については, 浦内川流域全体を含む同地のモニタリング調査を実施し, その結果を公表することで理解を得ていく必要があると考えている.

2. ゴミ問題

 西表島にはゴミを処理する施設はこれまで一切建設されていない. 幾つかの地区ごとに決まった谷間のゴミ捨て場に, 生ゴミから車までが投棄されている. 夏場の悪臭の猛烈さと, ハエの多さは想像を絶するものがあり, 大自然を観光の目玉にする西表島の陰の部分である. 時折, 火がかけられ, 煙が上がっているのを見るが, 焼却時に発生するダイオキシンへの対策はまったくとられていない。それは谷筋から河川へと流れ出て, 水質汚染を引き起こしている可能性がきわめて高い.

3. 観光客数の急増による影響

 観光客が次々にドボン, ドボンと水音をたてながら淵に飛び込む. 歓声が上がる. その数, 約30名. それまで, 岩の上で落ち着いて餌を食っていたナンヨウボウズハゼはその度にびくびくし, 耐えきれずにどこかに姿をくらました.

 島の北東部に流れ出るユツン川は, 小河川ながら魚類豊富な川であった. 渓流域には非常に多くのナンヨウボウズハゼが生息していた. しかし, 数年前から徐々に減少し始め, ある年の夏にはほとんど姿が見えない状態になった. なぜ減少したのかしばらく見当がつかなかったが, ある時上述の光景を目の当たりにしてその原因がよく理解できた. 1団体30名, 1日数団体が訪れ, それが夏中続くとすれば, ナンヨウボウズハゼは落ち着いて餌も食えず, 再生産もままならない. また, この淵にはミナミハゼやクロミナミハゼが多数いたが, これら非常に敏感な魚類は真っ先に姿を消した. 観光客は, 河口近くのマングローブ林を伐採して造成した道やカヌー桟橋から, カヌーを漕いで感潮域最上流部までやってくる. さらに, 枝を払い, 根を踏みならした道を通りながら, この淵までやってくるのである.

 森林を弱らせ, 魚を大きな負の影響を与えるツアーは, さらに新天地を求めて, これまで人があまり入らなかった島の北西部へと進出している. 大型リゾート施設が開業した今, 観光客数の急増が予想され, 立ち入り制限をするなど、早急な対策が必要である.

4. 圃場整備等による湿地の消失

 かつて, 西表島には多くの淡水性湿地が点在し, タナゴモドキやタメトモハゼなどの生息地となっていた. しかし, 1980年代に島の各地で行われた道路整備や圃場整備などにより, その多くが消失し, この2種のハゼがRDB種に選定される理由となった. コンジキハゼのタイプ産地(Prince Akihito and Meguro, 1975)であった住吉地区の大規模な湿地帯も牧場として整備され、この時期に壊滅的な打撃を受けている.

 その後, 一旦は落ち着いたかに見えたが, 2003年秋, 大保良田(大原田とも表記される)において, 西表島では規模の大きい部類に入るであろう水田地帯で圃場整備が開始された. 大保良田は島の南東部の大原集落の西側に位置し, 隆起石灰岩の台地に囲まれた小水路を伴う湿地で, 下流はサジ川となってマングローブ林を抜け、最終的には海に通じている. 著者らが約30年前に訪れた頃には, 稲作が行われ, 美しい田園風景が広がっていた. 水は水田伝いに流れ, 畦は草深く, 田は泥深く, 水田の角には腰までの水深の溜まりがあった(図1-A). ここにはタナゴモドキやチチブモドキなどが多数みられた. また, 水田内の溜まりはギンブナの生息地となっていた. その後, 稲の栽培は中止され, 約15年前には荒れ田になり, 田は乾燥化が進み, 素堀の用水路に水がある程度であったが, 2002年に行われた調査でも, 前2種の生息は確認されていた(井口ほか, 2003; この報告では保全上の理由から場所が伏せられているが, 後述の理由によりもはやその必要はなくなった).

 この水田地帯で, 2001年度から開始された県営圃場整備は, 2004年2月の現地視察の際には大部分が終了しており, 残る一部で重機がうなり声をあげて整地が進められていた. 以前の面影はどこにもなく, 辺り一帯は人口構造物を多用した圃場が広がり, コンクリート製のU字溝が縦横に走っていた(図1-B). おそらく, 西表島唯一とも言えるギンブナ個体群は, そのルーツも明らかにされぬままに絶滅したと考えられる.ここでも, 事業実施前に環境アセスメントが行われたという情報は, 著者らの知る限りない.

5. 道路と橋の建設

 島の北東海岸沿いに, 緩やかなカーブを持った2車線の広く綺麗な舗装道路が走っている. 山側に木々の緑, 反対側に綾に織りなす海を眺めながら快適なドライブが楽しめる. もともと, ここには曲がりくねった狭い道路が通っており, 川を渡る古ぼけた石橋の下流にはマングローブ林が点在し, 多くの汽水魚が生息していた. ホネラ川という細流はヨウジウオ類が豊富に生息し, ジャノメハゼやアゴヒゲハゼといったRDB種のほか, 未記載種や日本初記録種も多数採集されていた(図1-C). しかし, その生息場所は, 昨年, 新しい橋と新しい道の下となり, 付近のマングローブ林も伐採された(図1-D).

 西表島では今, 道路の拡幅工事, 新しい道路の整備, 橋の架け替えなどが周りの環境への配慮なしに急ピッチで進められている. もちろん、事前に環境アセスメントが行われたという情報は著者らの知る限りない.

6. 川筋の変更

 西表島の北東, ホーラ川の川沿いに温泉施設がある. この施設建設の際, 川筋を変更している現場を確認した人物がいる. 日本の河川の川筋を私企業が変更できるのだろうか?疑問である.

7. 西表島の陸水性魚類の将来

 このほか観賞魚業者による乱獲, 飼育マニア間の口コミによる生息地情報の拡散, 3面コンクリート護岸の河川の増加など, 西表島に生息する淡水魚の現況は実に厳しい. 30年前には, 水たまりに網を入れれば, すぐにたくさんの魚が見られたものである. 最近ではかつて著者らがフィールドとしていた河川の多くは荒廃し, 魚類の多様性は明らかに低下している. 原始の島の自然が, 本土なみにならぬよう, 小規模開発であろうとも, 必ず環境アセスメントを実施し, 島の生態系への影響を最小限に抑える努力が必要と考える.

引用文献

井口恵一朗・淀 太我・片野 修. 2003. 西表島の水田用水系に出現する魚類の生息環境. 魚類学雑誌, 50(2): 115-121.

環境省野生生物課編. 2003. 改訂・日本の絶滅のおそれのある野生生物−レッドデータブック−4 汽水・淡水魚類. 自然環境研究センター, 東京. 230 pp.

川那部浩哉・水野信彦(編・監修). 2001. 山渓カラー名鑑: 改訂版日本の淡水魚. 山と渓谷社, 東京. 719 pp.

日本魚類学会. 2003. ユニマット不動産による西表リゾート開発の中断と環境影響評価の実施を求める要望書. http://www.fish-isj.jp/info/030612b.html.

Prince Akihito and K. Meguro. 1975. Description of a new gobiid fish, Glossogobius aureus, with notes on related species of the genus. Japan. J. Ichthyol., 22(3): 127-142

(鈴木寿之Toshiyuki Suzuki:〒661-0002尼崎市塚口町 兵庫県立尼崎北高等学校;瀬能 宏Hiroshi Senou〒250-0031小田原市入生田499 神奈川県立生命の星・地球博物館)